定年退職制の疑問

いつの日だったか、TVの「なんでも鑑定団」で出場した名誉教授は「給与はおろか研究費も一銭もなく、大学へ行くのに交通費も出ない」という。そこで、昔買った東海道五十三次の三枚の版画を売って研究費に充てたいと出品されたということだった。こんな冷遇にあいながらも、生涯の仕事として自腹を切ってでも研究する、こんな人が結構いるんだナと感心した反面、こういう立派な人に対して大学の経営者は何と思っているのだろうかと疑問に思った。 


「大学教授といえば格好よくみえるが案外薄給で、教授を辞めればやめたでもう全くの冷遇。よく○○大学名誉教授という肩書を目にするが、無事に円満に定年になると名誉教授という称号をもらえるらしいが、使えるのは肩書だけで特別な人を除けば研究費も出ない」と、かって大学の職員だった高校の後輩が言っていたのを思い出す。

これっていくらなんでもおかしくないかと、前々から思っていた。というのも、大学は研究が命だ。定年後でも、もしその人がいい研究成果を上げれば必ずその大学の名も上がるにもかかわらず、定年になったら即研究能力がゼロになるわけでもないだろうに、途端(とたん)に研究費ゼロというのは余りにも定年者を軽視しすぎているようにみえる。