今の若者は辛抱が足りない

フランス大統領選が大変注目されます。
アメリカでもイギリスでもそうでしたが、フランスの若者が政府を恨み投票する風景を見るにつけ、つくづく今の若者は辛抱我慢が足りないと思います。

今朝のNHK連ドラ「ひよっこ」を思い出しました。出稼ぎに行ったお父さんが行方不明になり仕送りが途絶えたために、主人公が高校卒業と同時に東京へ働きに行き、お父さんに替わって仕送りをしようと、誰を恨むでもなく明るく母親に告げるシーンに感動的でした。
しかし思えば、高卒ならまだいい方で、「おしん」は小学校も上がれずに、口減らしで奉公に行きました。7歳や8歳では一人前の仕事もなく、できるといえば子守くらいしかなかったのでしょう。仕送りをする稼ぎなどあるはずもなく、ただ口減らしのために故郷を出たのです。そのおしんもまだいい方だというのです。先日逝去されました同じ山形出身の渡辺昇一さんは「おしんはまだいい方で、当時の山形では平均的だった」と、おっしゃっていました。「本当かいや!?」とも思ったのですが、確かに小作人ではあったが家は自分のものだったようだし、きっとそうなんでしょう。それほど、当時の日本は貧しかったが、みんな一生懸命生きて今日の日本を作りました。

ここからそれ程遠くはない所に五木村があります。私の知人が五木の出身で、中学校卒ながら大きな会社の専務さんになられました。「五木は朝10時に日が昇り2時には日が陰る。そんな貧乏なところだからみんな中学校を出れば集団就職で故郷を出た」と。いつも素晴らしいお話をされるので、一度わが社に講演に来ていただきました。

その五木の子守唄でも、
“おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先ヤおらんど、 盆が早よ来りヤ 早よもどる”とありますが、
『私は、盆までの約束で、子守に来ているけど、盆になれば家に戻れる。早く盆が来てくれればもっと早く帰れる』とうたった歌です。しかしこれもはかない夢で、盆になっても帰郷できずそのままずっと奉公を続けたというのが現実ではなかったでしょうか。7〜8歳の年端もない小さな体では、赤ちゃんは途方もなく重く骨身にこたえたことでしょう。それよりもっと辛かったのが家族と離れていたことだったのです。

こういう辛抱を考えれば、今の若者は相当なことを我慢できると思うのです。辛いときは「おしん」のことを思い、五木の子守唄をうたって、是非乗り越えてほしいと・・・・。