「海賊とよばれた男」に感動した

当時、石油のメジャー7社は、日本を彼らの支配下に置こうとしていた。日本の元売各社もそれに従っていたが、出光のみは自主独立路線で行こうとしていた。それ故様々な妨害、いやがらせにあった。ことあるごとに村八分にされていた。当時、イランは、石油の国有化宣言をし、イギリスとは、戦争寸前で、イギリスを恐れた世界各国とメジャーは、経済封鎖をしていた。その包囲網を突き破って、日本の一会社がイランから輸入しようと、社員二人が旅立ち、給油の為にイランの地方空港に立ち寄った。 

客のほとんどがイラン人だった。多くが民族衣装を着ていて、背広姿の者は数えるほどしかいなかった。窓から眺める景色は茶色い山と砂漠ばかりで、緑はまったくと言っていいほどない。パキスタンからアフガニスタン、イランへと続く土地は、まさしく荒涼たる土地だった。
やがて二人を乗せた飛行機は給油のためにイランのザへダン空港に着陸した。二人はいったん飛行機から降りた。空港は砂漠の真ん中にあり、周囲に建物はひとつもなかった。ターミナルビルの代わりにテント張りの建物があるだけだった。その中に木製のベンチが二つ置かれていた。これが世界最大の石油埋蔵量を誇る国の空港かと思うと、正明は胸を衝かれる思いだった。イギリスは五十年にわたって、この国の財産をほしいままに吸い尽くし、何も与えなかったのだ。イラン国民のイギリスに対する激しい憎悪の理由がわかる気がした

イギリス軍に撃沈される恐れを潜り抜け、ついにペルシャ湾に入った。

北上する日章丸から見て、右岸がイラン、左岸がイラクだった。両岸ともナツメヤシの木が一面に生い茂り、その間に現地住民の土作りの粗末な家が見えた。その向こうには茶色の砂漠が見える。シャット・アル・アラブ河を航行するタンカーは久しぶりだったせいか、両岸の住民たちが日章丸を珍しそうに眺めた。乗組員たちが手を振ると、何人かは手を振って応えた。そののどかな光景に、新田もつい緊張が緩んだ。
 右舷はるか前方に何本もの細長い角のようなものが見えてきた。アバダン製油所の煙突だった。
 さらに進むと、銀色に輝くタンクが見えてきた。新田はそれを見て思わず唸った。タンクの数は無数とも言えるほどの数だった。これほど巨大な製油所はアメリカでも見たことがない。岸一面、まさしく見渡すがぎり、地平線のかなたまで製油所の施設が立ち並んでいる。世界一の製油所というのは嘘ではなかった。
しかしそれ以上に新田を驚かせたものがあった。それは港を取り囲んでいた何万人という群衆だった。国岡商店がイランの石油を購入する計画はイラン国民にも極秘事項であったが、日の丸をはためかせた巨大タンカーがシャット・アル・アラブ河を遡上するにしたがって、噂が僚原の火のように広がり、日章丸がアバダンに着いたころには、すでに熱狂的な市民が港に押し寄せていたのだ。手を振りながら懸命に走っている子供たちの姿も見える。
長い経済封鎖によって困窮に喘いで完イランの民衆にとって、はるか極東の国からあらわれた巨大タンカーは救世主のように見えたのかもしれない。イラン人たちの?げる歓呼の声は新田の胸を熱くした。ふと隣を見ると、二等航海士の大塚が声も出さずに泣いていた。

そして遂に、石油を満タンに積み込んだ日章丸が、あらゆる艱難辛苦を乗り越えて川崎埠頭に帰ってきた。

「諸君、ありがとう!」と銭道は言った。「君たちの奮闘に、国岡銭造、心から礼を申し上げる」。銭道はそう言って深々と頭を下げた。
「今、東京地裁で日章丸の石油の仮処分をめぐって裁判がおこなわれているが、わがほうが断然優勢である。この裁判は必ず勝つ!」 乗組員の間に歓声が起こった。
「諸君らは今、ひとつの歴史を作りあげた。国際石油カルテルの壁に矢を打ち込み、日本人の誇りと強さを世界に示した。そして、イランと日本の橋渡しを為し、日本の石油業界の未来に火を灯した」。繊道は言いながら、もはや溢れる涙を止めることができなかった。
「諸君らの偉業は、日章丸の名前とともに、この後、何十年経とうと、けっして忘れられることはないであろう」。乗組員たちも全員泣いていた。鋳造の横に立っていた新田も、正明も武知も泣いていた。正明は思った。辛かった日々は、すべて、この日の喜びのためにあったのだ。