なでしこジャパンにみるリーダーシップ

なでしこジャパンが世界制覇の快挙を成し遂げ日本中が沸き立った。特に、ドイツ戦で唯一の決勝ゴールの丸山選手、アメリカ戦で同点ゴールの宮間選手、全戦で大活躍の沢選手のゴールシーンの評価ばかりが高いが、私が特に強調したいのは、各戦、各シーンでのそれぞれの選手の働きである。そのそれぞれのシーンでの各選手の働きが一つでも欠けていたら、その時点で敗戦、当然優勝はなかった。つまり、選手一人ひとりが、もしその時居なかったら勝利はなかったということだ。組織というものはそういうものだ。

ただ、そうなるためには、チーム全体の雰囲気がどうあるか、ということが大事だ。なでしこのアメリカ戦を思い返してみよう。アメリカが1点を挙げてもう間もなく終了、誰もが敗戦を覚悟した時、宮間選手が同点ゴールを挙げた。彼女はニコリともせず、自分で蹴り込んだボールを自分で取りに行って、そのまま試合再開すべくセンターサークルに向かい、他の選手も全員それに呼応した。「サアーもう一点取って優勝するんだ」というわけである。同点ゴールに喜んでみんなで抱き合ったりしている暇はないのである。こういう雰囲気の時、ゾーンに入った時こそ各選手の使命を果たすことになる。

そのチームワークを作るのは、監督だ。高校野球などの優勝チームを見ていると良くわかる。当世、「やさしさ」がはやりで、やさしい監督の方が数が多いにもかかわらず、優勝チームの監督のほとんどが鬼監督だ。やさしさだけでは甲子園に出れないのだ。しかし、鬼は鬼でも、「鬼に金棒」型の怖いばかりではではなく、「鬼の目に涙」型の監督である。つまり厳しい中にも愛情がなければならない。やさしい監督や鬼に金棒監督が大多数を占める中で、きびしくやるが愛情もあるという鬼の目に涙監督は、一見自己矛盾のようで、そう簡単ではない。しかし、球児たちは少年ながらも「この監督はただ厳しいばかりではない。心の中では僕たちへの愛情がある」と感じるからついてゆく。だからこそ熾烈な競争を勝ち抜いて、夢の甲子園に出場できたのである。


しかし今度のなでしこを見ていると、佐々木監督はむしろ鬼というより仏に近い。では何故世界一にまでなれたかのか考えてみた。矢張り沢選手の存在が大きいという結論になった。先の北京オリンピックで敗退した折、沢選手は丸山選手を呼びつけて「何故もっと走らないか」と厳しく叱ったそうである。身分が同じ選手同士がこのように厳しく当たれるリーダーというものは、稀有に近い。
またある時は、「苦しい時は、私の背中を見て!!」とゲキを飛ばしたという。この言葉は、沢選手がミーティングや講演ではなく、チーム全体が苦戦し土壇場に追い込まれたピッチの中で、「私もガンバルから、みんなもガンバって!!」と、先ず自分を奮い立たせ、そしてみんなをそのゾーンに引き込んだのだろう。チームというのは、偉大な監督よりむしろ沢選手のようなリーダーの下に最もよく一致団結する。だからこそ世界一になった。